デブになりたい。同じ底辺でも悲壮感がないから。【2024振り返り③】

●デブになりたい

 精神科医からアンガーマネジメントを薦められ、実践に励んでいる。(↓前回の記事参照。)


 これまでの記事でも何度も述べているが、「怒り」の対象が他者に向かうとは限らない。日本が法治国家である以上、限度を超えた有形力の行使(「怒り」の発露)には、それにともなう刑罰が待ち構えているからだ。破壊衝動は外部に向かっては発散しにくい。
 蓄積した「怒り」は、自分自身へと向けられざるを得ない。なぜうまくやれないんだ、と自分自身を責める。そして、精神的に病む。「怒り」さえ正しく扱えていれば発症しなかったであろう、二次的な病に苦しむことになる。
 不眠や鬱といった病状は、身体にも顕著な変化をもたらすことが多い。
 僕の場合は、体重が減っていった。
 痩せていった。

 アバラ骨が浮き出ている。腹が凹み、腸骨の形さえはっきりと分かる。アウシュビッツに収容され極度の飢餓状態に置かれたユダヤ人を彷彿とさせる。

 大学の教養科目の心理学かなにかで習った、クレッチマーの「体型性格類型論」を思い出す。体型が性格を表すという。具体的には、「デブは陽気、ガリは陰鬱」とする学説だ。
 (※今、軽く調べると、そこまで単純な学説ではないようだ。そもそもデブとガリの2類型ではなく、そこにマッチョを含めた3類型で、すべての類型になにかしらの特異性・病的な性格が記述されている。が、まあ、ざっくり言うなら、僕の理解でもそれほど間違ってはいないだろう。)

 デブになりたい、と思った。

 「怒り」を手放し、陽気に生きることができれば、自然と体重は増加する

 デブになることは、幸福の象徴だ。


 さて、このようなことを漠然と考えていた時期が2024年の春先であり、前回の記事でも述べたように、そこからアンガーマネジメントを実践し続け、医者からも通院は不要になるほど回復した旨が告げられ、なんだかんだで1年半以上が経った現在(2026年冬)。
 体重は10kg以上増加した。
 仕事で着ているスラックスのボタンを留めると苦しいので、ボタンは留めずベルトだけで調整している。そのくらいに腹が膨れた。自分のからだが重くなっていることを動くたびに感じ、デブになることの負の側面さえ感じ始めているので、筋トレを始めようかとすら考えているほどだ。

 「デブになりたい」、すなわち「陽気に生きたい」という僕の願望は、すでに叶えられているのか?
 程度問題であるし、十分に満足できる一定のレベルを達成したとてその状態が未来永劫続く保証もないから、なんとも言えない。
 ただ、確実に言えることは、最も痩せていた2024年春ごろに比べれば、現況の幸福度が高いことは事実だ。

●デブな中年男に目覚める。


 以上述べたように、僕にとって、「デブ」は「幸福の象徴」であり憧れである。
 そんな中で、僕の「こうありたい姿」に近似している「中年(30~40歳くらい)の男のデブ」に強く魅かれるようになった。

○職場のデブ男。


 体型と幸福を安易に結びつける単純な考えを僕が持つようになった原因は、上に述べたような事実にもよるが、実際に身近なロールモデルがいたからというのも大きい。

 そいつは、僕の職場の同僚で、入社年でいうと僕の2期下の後輩だ(どちらも中途入社で、年齢も2歳下)。
 僕と同じで、独身・素人童貞・彼女いない歴=年齢だ。共通点は以上。つまり、仕事や収入が(ほぼ)同じ(底辺)で、年齢が近く、異性との私的な交流は皆無。

 一方で、異なる点を挙げよう。
 学歴や資格や職歴は、僕よりも劣る。仕事も雑だ。向上心や責任感もあまり持っていないように見受けられる。ゲームと釣りが趣味で、趣味を通じた友人が複数人いる。神戸市に住んでいて、自宅のアパートの窓から海が見えるらしい。
 釣りに出かけない休日は、一日中部屋でゲームをしているらしい。昼飯にカップラーメンとスナック菓子を食っている姿もよく見かける。
 釣りで日焼けするのか肌は浅黒く、髪は天然パーマでお世辞にも整っているとは言えない。よく笑うが、そのときに垣間見える歯はすこし黄ばんでいる。歯並びも悪いが、八重歯がチャームポイントになっていると言えなくもない。ゲーマーのくせに視力は悪くないらしく、眼鏡はかけていないが、目は異様に小さく一重で、目尻も眉毛も垂れ下がっている。
 そして、デブだ。

 分かるだろうか?
 社会的・経済的な位置づけは、僕とそいつで、ほぼ同じ。
 しかし、それ以外の点においては、大きく異なっている(肌が浅黒い点は共通しているかな)。
 僕には釣りなどというアウトドアな趣味は一切ないし、インドアな趣味も読書やテレビなどの一人で完結するものばかりで、趣味を通じた同性の友人など皆無。
 不遜だとは思うがそれなりの学歴や資格を持っているのに、それに値する仕事に就いていないと考えているから、職場での評価を常に気にしてビクビクしている。コミュ障なので、外ではほとんど笑わない。分厚い眼鏡をかけて、眉間には常に深いシワが刻まれている。
 そして、ガリだ。

 まったくもって、なんなんだ、この状況は。
 「隣の芝生は青く見える」とはよく言ったものだが、「隣」というすぐ身近な位置にあるからこそ、余計に比べてしまう。
 アイツみたいになりたいな--。
 嫉妬が入り混じる、激しい憧憬。

 コミュ障の障壁を少しだけ崩して、そいつともう少し仲良くなれればよかったのだが、結局、不要な自尊心が邪魔をして、昼飯を何度か共にするくらいの距離感のまま、そいつとは違う職場(物理的)に異動となった。
 飲みに誘って、「どうしてそんなに幸せそうなの?」と根ほり葉ほり詰問できればよかったのだが、僕にそんな勇気があるわけもなかった。

○地元のスーパーで働き続ける中学の同級生だったデブ。


 実家に帰って、近所のスーパーに行くと、そいつはいつもいる。
 初めてスーパーで働いているそいつを見かけて「うわ~、地元のスーパーでバイトするとかないわ~、はず~」と、思ったのが、20代前半だったから、もう15年近い。
 中学の3年間同級生だったそいつは、ずっと同じスーパーで働いている。
 バイトかと思っていたが、これだけ長いと正社員の可能性もある。でもやっぱ、個人店じゃなくチェーン店やから正社員なら他の店舗に異動とか絶対あるよなあ、などと思うも、結局、今現在どういう身分なのかは不明だ。

 帰省した際にそいつを見かける場所と言えば、ゲオで古本(漫画)を立ち読みしている姿か、18禁コーナーでDVDを物色している姿だった。しかも、中学のときと同じようなジャージ姿で。
 15年ほどの間にゲオは潰れたので、今ではそいつはスーパーでしか見られないが、スーパーに行くと絶対にいる。
 その長い月日の間に、そいつは徐々に太っていった。中学のときからぽっちゃりではあったが、中年太りの進行が激しいのか、帰省して見かける度に大きくなっていく。身長は中学のときからさほど変わらないのに、横にどんどん大きくなっていった。
 今では完全なデブだ。

 中学時代は塾も一緒で、雨の日はそいつの父親に車で送迎してもらったりしていた。
 僕が学校でいじめられクラス中に無視されていた時期も、塾の行き帰りだけはそいつと話すことができた。
 2年からはクラスは別になっていたし、3年になるころには塾のコースも別になった(僕は中学のやつらと絶対に同じ高校に進学したくなかったので難関校コースに移っていたが、そいつは公立普通科コースのままだった)が、中学のほぼ3年間、そいつと塾の行き帰りを共にしていた。
 それだけの関係だった。
 2年になってクラスが別になってからは、一緒に遊ぶなんてこともなく、塾の行き帰り以外で話すらしなかった。1年のときに定着した習慣を惰性で続けていただけだと思うが、今考えると、不思議な関係だった。
 僕は私学の進学校、そいつは地元の公立校と、高校はバラバラになった。その時点で、互いに携帯の番号も知らなかったと思う。

 中学を卒業した後、そいつをゲオやコンビニで見かけても、互いに声をかけることはなかった。理由は分からない。オッス、元気? くらいは声をかけるのが自然だとは思うが、なぜか、僕もそいつも目を合わせても言葉は交わさなかった。
 その状態で月日が流れ、そいつが地元のスーパーで働いていると認識したのは、僕が新卒で入社した会社を数年で辞めて実家に引きこもっていた時期だった。無精ひげを生やしてジャージ姿のまま馴染みのスーパーに行くと、そいつが働いていたのだ。スーパーにいくと、ほぼ毎回そいつを見かける。総菜売り場で値引きシールを貼っていることもあれば、野菜売り場で野菜を陳列していたりする。
 レジ打ちをしていることもあって、引きこもりで人恋しくなっていた僕は、なにかの気の迷いで、あえて、そいつがレジ打ちをしている列に並んだ。
 そいつは、僕を確かに認識したはずだった。
「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」
 そいつが発した言葉はそれだけだった。
 僕は、なにも言葉を発しなかった。だって、レジ袋や箸は必要かとか、支払方法はなににするかとか、そういうの訊かれなかったし。

 僕は再就職して再び実家を離れたが、今現在まで、何度も職を変える。
 そいつは、地元に留まり、ずっと同じスーパーで働き続けている。もちろん今年の正月にも、そいつはいた。
 10年以上もずっと同じ場所で働き続けられて、しかも、丸々と肥え太っていくのだから、よっぽど働きやすい環境なんだろうな、と思う。
 以前は、品出し中なんかに僕を見かけても、無言で無視して俯いて作業を続けるか、さっとバックヤードに消えていくだけだったのに、ここ数年は、しっかりと僕を見て「いらっしゃいませ~」とか声をかけてくる。しかも、明るく。その声から、スーパー店員という仕事にやりがいや矜持を感じていることが伝わってくる。パートらしきおばさんに指示を出したりなんかして、なんだか自信すら感じられる。

 いつだったかは忘れてたが、帰省した際にスーパーに行ったら、案の定そいつはいて、通路の隅の方で同い年くらいの女と喋っていた。で、女の顔を確認したら、中学の同級生だった。
 動悸がした。ビクンと心臓が跳ねた。中学1年のとき同じクラスで僕をいじめていたヤンキーがよくつるんでいた女だ。一緒になって僕をいじめていた女だ。相変わらず茶髪で、小さな子どもを連れていた。「ヤンママ」というのが「ヤングなママ」の略なのか「ヤンキーのママ」の略なのか知らないが、後者ならば、女は立派な「ヤンママ」だった。
 デブのそいつも僕と同じく中学のヒエラルキーでは底辺に属していたから、ヤンママなどと話したくはないはずなのに、話していた。しかも、談笑だ。そいつも女も、けらけらと朗らかに笑っていた。女のそばで小さな子ども笑っている。
 僕はすぐさまその売り場から離れ、その時点でカゴに入っている商品だけ清算を済ませ、一目散に実家に駆け戻った。

 まったくもって、なんなんだ、この状況は。
 あいつも俺と同じ底辺じゃなかったのかよ。なんであんなに笑ってんだよ、楽しそうなんだよ。
 アイツみたいになりたいな--。
 嫉妬が入り混じる、激しい憧憬。

 職場のデブ後輩に感じるのと同じ感情だった。

 長くなったので記事を分ける。

 続きは、以下の内容を予定している。

○デブのシンガーソングライター「岡崎体育」に癒される。
○YouTubeの「底辺男」「独身男」もデブへの好感度が高い。
○「売り専」でデブを指名してしまう。


 「嫉妬の入り混じった激しい憧憬」の解消法としては、自身が「幸福なデブ」になるか、嫉妬を覚えない距離感の「幸福なデブ」と接触を持つかの2択になるわけだが、とりあえず後者の手段として上記の3つを試したので、その報告となる。
 常時イライラしているガリにとって、デブの存在は種々の気づきを与えくれる上に、癒やしや快楽にも繋がる存在である。



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