「怒り」が原因かもしれないですね、と精神科医は言った。【2024振り返り②】


 2024年の振り返りの続きだ。

(前回↓)


 2024年晩冬、不眠から逃れるため自裁さえ考えていた僕に1本の電話があった。
 ――初診の予約状況に空きがでました。
 助かった、と思った。
 あとすこし我慢すれば、睡眠薬が手に入る。

 睡眠薬が、昼夜の区別さえつかない霞がかった日々に終止符を打つ。睡眠薬さえ手に入れば、安息の深い闇夜とともに、クリアで光沢した昼の世界が戻ってくる。
 闇か光か、夢か現実か、それすら分からない、とろんと溶けた日々と決別できる。

 前回の記事でも書いたが、睡眠薬さえ手に入れられるのならば、精神科医の靴の底でも舐めようと思っていた。

 ●

 それは実にあっけなく、供与された。
 症状を伝えてすぐ、医者は開口一番にこう言った。
「とりあえず、お薬は出しておきましょうね。大丈夫ですよ、今日から眠れます」

 薬局で作らされた「おくすり手帳」の記録によれば、「デエビゴ錠5mg」が初診では処方されている。2回目の診療以降は「ベルソムラ錠20mg」に変わっている。
 薬剤師からそれぞれの薬に関する説明(なぜ薬が変わったのか等)も受けたはずだが、1年以上が経過した今、具体的内容は完全に忘れている。

 もちろん僕の不眠症は徐々に快方に向かっていった。
 それには、薬の実作用にプラスして、精神科医の力強い最初の一言(大丈夫ですよ、今日から眠れます)によるプラシーボ効果も多大な影響を与えたと思っている。

 睡眠薬を飲んでも症状が改善せず、徐々に薬の量が増え、抗体ができることで、さらに薬が効かなくなる、という、「ジ・エンド」まっしぐらの負のループも念頭にあったので、その「最悪ルート」には嵌ることがなさそうだと思って、さらに安心感が増した。

 実際、不眠症に関しては、数か月で全快した。


 


 対処療法としての睡眠薬の処方は、秒で叶えられた。
 もうひとつ、僕が医師に伝えた希望がある。
 ”生きづらさに対する根本治療”だ。

 不眠の直接的なトリガーが「職場の人間関係の悪化」であることを単刀直入に伝えた。初回の1時間程度の診療時間の大半は、僕が当時置かれていた職場の人間関係の状況説明に当てられた。同僚に対する罵りや呪詛の言葉も次々と口から溢れだした。

 一方で、僕は謙虚な人間だった。
「不条理な現況の主因は同僚たちにあると思ってるんですけど、やはり、その一因は少なからず僕にもあると思うんです。だって、こういう人間関係の息詰まりや崩壊は、ごく幼い頃から何度も経験してきましたから。転職も多いんですけどね、そのほとんどが今回と似たような人間関係のもつれですよ。僕ァ、どこか人間的に欠落してんだと思うんですよ。ほら、ASDとかADHDとか発達障害とか。その意味すら知らないんですけどね、なんかね、そんな感じのやつじゃないかなァ、っつうのは餓鬼の頃から薄っすら思てましてね、要は、そっちの方の検査もして欲しいんですよ」

「これまで自分のことを『一般人』『普通のひと』『標準的な人間』と思ってきましたけど、自分自身にそう言い聞かせて生きてきましたけど、実際問題として、『フツウのニンゲン』が40足らずの短い人生で何回人間関係で躓いてんだ、あと数年で40歳になるのにどうして安定した居心地のいい人間関係がいまだに築けないんだって話で、人間関係が息詰まる度にその環境から逃げ出して、新しい環境でも同じような崩壊に至るのだから、どうしたって、ふつうに考えて、論理的に考えて、言い逃れがしようがないほど、僕自身に原因を求めざるを得ないわけですよ」

 僕は熱弁をふるった。途中で泣きそうになり、ティッシュを差し出された。

 認めます、認めます。僕が欠落した人間であることを認めます。僕が変人だから、いつも人間関係がうまくいかないんです。
 それは認めますから、どうぞそれに対する医学的な証明をください。診断書をください。「免罪符」をください。今度、人間関係が悪化しそうになったら、それをみんなに見せてこう言いますから。
 僕は、精神または知的に障害を負っています。僕はどこか人間的に欠落した変人ですが、それは病気のせいですから僕は悪くありません。そんな僕を責めるなんて、あなた方は倫理的に酷く間違っていますよ!!!

 ●

 僕の熱弁饒舌に対し、またもや医師は一言で片づけた。
「んー、そういったテストを受けていただくことも可能ですが、ボクはあなたがそういった障害をお持ちだとは思えませんけどね」

 はあ?


 貴様は俺の話を聞いていたのか? 俺の話を! と怒鳴りつけるまではしなかったが、「はあ?」は実際に口をついて出た。わりと喧嘩腰のイントネーションの「はあ?」にならざるを得なかった。

「お話を聞いている限り、tarukichiさんの生きづらさの原因は『怒り』にあるのかもしれませんね」

 はあ?


 今度の「はあ?」は、混乱の「はあ?」だった。
 僕は「責められている」のであって、決して誰かを「責めている」わけではない。僕は「加害者」ではなく、「被害者」であるべきだった。

「アンガーマネジメント、って、ご存知ですか?」


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 この医師は優秀だったと結果的に認めざるを得ない。患者の「病的な部分」を正しく見抜く慧眼を持っていた。
 僕のあからさまな主張(免罪符をよこせ)に安易に同調せず、むしろ主張そのものよりも、僕の物言いや態度から、僕の中に潜む「他責性」や「怒り」を瞬時に読み取った。

 原因が「不必要な怒り」だと分かれば、それに対する処方は簡単だった。
 医師は「アンガーマネジメント」の概略を端的に説明した。

「tarukichiさんなら、ちょっと本を読んだらもっとよく分かると思いますよ。待合室に置いてある書籍はお貸しできますので、次回までに読んできてもらうのもいいかもしれまんね。一番のおすすめは『●●』という本です」
 医師はA4のコピー用紙に本のタイトルを書きつける。

 それとともに、「転職」という「人間関係からの離脱」が「アンガーマネジメントの顕著な失敗例」だと感じとった医師は、次回までに「これまでの勤務先を離職する原因となった一番大きな出来事」と「それに対しどう感じたか」を表にするよう僕に命じた。
 コピー用紙に簡単なマトリクス表が描かれる。医師に話したよりも実際の転職回数はもっと多いから行が足りないな、と僕は思う。

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 このようにしてカウンセリングは半年間ほど続いた。
 アンガーログは、コピー用紙数枚では足りずに、ノートに切り替えられた。

 理論を学んでいても、失敗を重ねることもあった。
 失敗談をひとつ挙げる。まさに精神科に向かう電車の中で起きた出来事だ。僕が降車する駅の1つ前の駅で多くの乗客が降り、シートに多くの空席ができた。どうせ次の駅で降車するので、僕は立ったままだった。目の前のシートには老人がひとり座っていた。花粉の季節だったこともあって、僕は何度かクシャミをした。もちろん、その度に口をおさえた。前に座る老人に僕のクシャミがふりかかるなんてことは、間違ってもなかったはずだ。だが、老人は気になったのだろう。「座れや」と顔を上げて僕に言った。「次に降りるんで」と僕はイラッとして答えた。「ええから座れや、空いとるやろ」と老人が言った。「どうせ次、降りるからええっつっとんねん! ちゃんと口おさえとんやろ、うっといな!」と僕は老人に怒鳴ってしまう。「そんな怒らんでもええやろ……」と老人がモゴモゴ言う。「お前がイチャモン付けてきたんやろダボ!」とさらに怒鳴ってしまう。
 自分でも驚愕した。まさにアンガーマネジメントに取り組んでいる最中で、それを習得すべく通っている精神科に赴く道中で、この有様。その日のカウンセリングでも真っ先に報告した。あまりの抑制のなさに自分でも驚いたのでよく覚えている。

「『座れや』はないですよね」と医師は僕の「怒り」をまずは受容した上で、「怒鳴ったのはまずかったですね。お爺さんもびっくりされたでしょう、tarukichiさん以上に」と、のんびり言う。

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 夏頃、職場の人間関係がまたもや変わって「怒り」を覚える機会が激減したこともあり、「次回の予約はもう要らないかもしれません。またなにか困ったことが起きたらいつでも来てください」と医師から言われた。これ以上の通院は不要ということだと思った。

 アンガーマネジメントの具体的方法は、各自、ネットや書籍で調べていただきたい。

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 不眠症で瘦せ細った男が木枯らしに吹かれていた厳しい冬から、季節は、陽気な夏を過ぎ、実りの秋を迎えていた。僕の体重は5kg以上増えていた。

 今の僕は個別具体的な「怒り」は抑制できていると思う。別に怒るほどのことでもないよな、と受け流すことができている。

 一方で、やはり通奏低音のように僕の深奥に流れる「怒り」がある。それは日本社会やホモサピエンス一般に対する「怒り」である。受け流さないと、やばい。映画「怒り」の犯人のようになりたくない。


 映画のようにならないためにも、アンガーマネジメントを実践し続けたい。もしくは、底辺から脱却したい。
 2024年の振り返りは続く。次回の話は、「デブに目覚める」だ(予定)。



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