【案内】ブログのタイトルを変更することにした。

 僕は言霊(ことだま)を信じている。
 いや、僕の信念というよりも、実際に言霊は存在する。
 なにもスピリチュアルな話ではない。自己暗示の一種として科学的にも証明されている(たぶん)。

 いずれにせよ、ブログを開く度に次のようなタイトルが目に飛び込んでくる。

「底辺の負け犬男が孤独死するまで」

 余りに暗い。後向きで絶望感しか漂ってこない。気が滅入る。意識がネガティブな方向へと引きずられてしまう。
 自分で付けたタイトルながら、これは、酷い。

 と、ふと思った。まったくもって突発的に思った。
 一度そんな気がしてしまうと、居ても立ってもいられなくなり、早速こうして記事を書いて、タイトルを変更することにした。

 変更前のタイトル(「底辺の負け犬男が孤独死するまで」)だって、なにもテキトーに決めた訳じゃない。そこには僕なりの真意をこっそりと忍ばせていた。
 だが、余りにも奥ゆかしく真意を隠してしまったせいで、ひたすらに絶望的な、真意を知っている自分自身にとってさえ、ただただ絶望的なタイトルになってしまった。

 僕がブログタイトルに込めていた密かな思いは、こちらの記事でも軽く触れている。
 一部を次に抜粋しよう。

 このブログは、孤独な負け犬系男子が、孤独な負け犬系男子のまま、幸福になることを目指すブログとして、開設された。
 孤独死が不幸だと誰が決めたのだろうか。孤独な人生が不幸だと誰が決めたのだろうか。孤独であっても幸福を手に入れられるのではないか。それを証明することこそ、このブログの究極の目的だ。

 これ以上ないほど明確にブログの(当初の)目的を語っている(もちろん目的は常に流動的で変化し得る)。

 僕は、絶望感漂うブログタイトルから連想されるものとは裏腹の、真逆の、「充実した人生」をブログで綴っていくつもりだったのだ。
 皮肉が利いていてオツだとほくそ笑むと同時に、そこには希望的観測と願望が多分に含まれていた。

 ところがだ。
 冒頭でも述べたように、余りにも絶望的なタイトルであるがゆえに、ブログを開く度に、その言霊(自己暗示)によって思考や態度がネガティブなものへと方向付けられてしまうことが多々あった。
 皆さんが想像されている通り、僕の頭は悪い。非常に悪い。
 言葉の裏にある真意を、秘めたる企みを、自分ですら忘れてしまうのだ。

 だから、変更する。
 馬鹿でも分かるように、変更する。
 言霊が僕を前向きな思考や態度に導くように、変更する。

 変更後のブログタイトルはPCの画面を上部にスクロールしていただければ一目瞭然だろうが、ここで改めて明示しておく。

「底辺の負け犬男が孤独死するまで、それでも人生を楽しむブログ」

 驚くほどにポジティブ。なんという前向きな態度。僕は満足した。

 もちろん、底辺の負け犬男が孤独死するまでの人生を楽しみ尽くすことなどできるのか? 単なる強がりではないのか? と疑念を持たれる方もいるだろう。当然だ。僕だってそうだ。
 実際に人生を楽しめず、ひたすら惨めなままで一生を終えるかもしれない。そういった悲壮感に満ちたブログになるのかもしれない。その可能性は決して小さくはないだろう。
 だが、仮にそうなったとて(タイトルとは裏腹の「絶望日記」になったとて)、詐欺ではない。
 ここは肝心なところだ。
 ブログタイトルは、過去の事実の要約ではない。実際にどうだったかは問題ではないのだ。
 このタイトルは、もっと未来志向的なものだ。「こういう人生を送っていきたい」という僕の願望である。より積極的な言葉を用いるならば、決意表明である。
 よって、コイツ全然人生楽しんでねえじゃん詐欺かよ、という批判は見当違いである――ということを蛇足しておく。

 ちなみに、タイトルを変更したからといって、意識して具体的に何かを変えるつもりはない。
 僕の人生の指針や、ブログの方向性は、変わらない。
 あくまでも、言霊の話である。

※2020.08.19追記

 先日、とある方から「ブログタイトルに『死』という言葉が入っているのはいかがなものか」との指摘を受けた。
 ポジティブな人生を目指しているのにネガティブなワードを使用していては、確かに、運気が逃げる気がした。
 ので、さっそく変更することにした。

「底辺の孤独な負け犬男が、最期まで愉しむブログ。」

 これが最新の当ブログのタイトルである。

 「孤独死」というワードには一種の覚悟が感じられて好きだったのだが、「最期」という柔らかい表現に変更した。
 また、「楽しむ」という漢字には「ラクをする」といった意味も含まれてしまっており、それは僕の本意ではないので、表記を「愉しむ」に変更した。両方とも「たのしむ」と読むが、後者の方が僕が想定しているニュアンスに近い。この際ついでに変更する。
 「最期」や「愉しむ」という言葉の機微を感じ取って頂けたら幸いだ。

 それでは、新しいタイトルとともに当ブログを引き続きよろしくお願いいたします。

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