【サボテン日記】サボテンのおれが音楽に触れた日。
よう、おれはサボテンのジェシー。同居人の糞野郎がブログを書く前にベッドにぶっ倒れて気を失いやがったので、今日はおれが代わりに書いてやる。
とは言ってもだな、このブログは同居人の豚野郎のもんだから、奴のことを書くぜ?
奴に関することで一番おどろくことと言ったら、そりゃあ、奴が「豚」じゃなくて「人間」だってことよ。俺は、奴と念波的なアレで会話を始めるまで、てっきり奴のことを「二足歩行の得意な豚」だと思っていた。冗談抜きでな。それくらい、奴は豚にソックリなんだよ。サボテンのおれにとっちゃ、奴と豚の見分けはほんとうに難しい。
今日の奴は荒れてたな。
帰ってくるなり、ジャケットとズボンを無造作に脱ぎ捨ててよ、ワイシャツのボタンを外すのももどかしかったのか、力まかせに一気に前をはだけやがった。ボタンはブチブチブチッとちぎれて飛んでったよ。
で、奴はトランクス一枚の格好になって、姿見っていうのか――全身が映せる鏡の前に立ちやがったんだ。
しばらく、じっと鏡を見つめてやがったな――いや、鏡に映る自分をだな。
それで急に叫びやがったわけよ。
「なんでやねん!」
こっちとしては「何がやねん!」と思うだろ? だから念波的なアレで奴の脳内を探ってみたわけよ。(サボテンには隠しごとなんてできねえからな。お前らも覚えとくといい。)
奴の頭蓋骨の中で響いてた声を簡単にまとめると、こんな感じだ。
「運動しとるやんけ。週に3日もジョギングしとるやんけ。高い金払ってスイミングスクールまで通っとるやんけ。それやのに、なんで痩せるどころか太っとんじゃいあほ〇だらのおた〇こなすのち〇かすが」
ミシェルには聞かせらんねえような汚ねえ言葉は無視してだ、奴の不満はどうやらさらに太ったことにあるらしい。会社の健康診断でそれが分かったみてえだな。
《おい、お前、診断結果が出るまで自分が太ったってことに気が付かなかったのかよ? もう一回、検査してこいよ、頭の》と、おれは念波的なアレで奴に語りかけた。
「いや待てよジェシー、ベルトの穴はここ最近ずっと同じやったんやで? 端から3つ目。それでずっと大丈夫やったんやから、ウェストに変化ないて思うやん。なら、太ってない思うがな」と奴は答えた。
呆れるしかなかった。
おれは毎日、奴が着替える様子を机の上から観察してるから知ってんだよな。
奴がベルトを締める位置は正確に言うとウェストじゃねえ、ってことを。
腹の下だ。
丸々とした腹を乗っけてる骨盤に、ベルトを巻きつけてやがる。
肉は、骨盤のまわりにはほとんど付かねえ。その上の腹に付く。
だから、ベルトの穴の位置はほとんど変化しなかったってことだな。
正確なウェストの位置――つまり、ちょうど臍(へそ)を通る位置で測り続けてたら、少しずつ太っていることにちゃんと気付いたろうよ。
「なるほど。ワイングラスの上に水風船が乗っかってるようなもんか。ワイングラスにどれほど水を注ぎ込んでも最終的には水が溢れるだけでワイングラスの大きさは変わらないけど、水風船に水を注ぎ込んだらそれに合わせて水風船も大きくなる。骨盤がワイングラスで、腹が水風船なんだな。脂肪は、骨盤の中ではなく腹にたまるんだ。なるほど」
ウェストの謎は解けたらしい。だが、奴は納得しねえ。くどいんだ。
「にしても、運動しているのに太るのは自然の摂理に反しているだろう」
奴は時々、大げさな表現を使う。それで頭がよく見えるとでも思ってやがる。
おれは、ミシェルでも分かる簡単な算数を奴に教えてやった。
《お前が運動で消費してるカロリーより、お前が食事で得てるカロリーの方が多いってだけの話だろうが。何が「自然の摂理に反している」だ。おい、tarukichi、悪いことは言わねえからさっさと再検査してもらえ、頭の》
「あ、なるへそー……」
奴は黙った。打たれ弱いんだよな。
気まずい時間が流れた。
さっさと服を着ればいいのに、まだトランクス一枚で鏡に見入ってやがる。
「ジェシー……俺、絶望したわ」
奴が呟いた。相手にしちゃいけねえ。図に乗るからな。
「自分の裸体を眺めてると、しみじみ死にたくなってくるんだけど」
おれは反応しない。
「よくこんな醜い裸体をプールで他人の目に晒してるもんだと思うわ」
無視する。
奴は、妊婦が腹ん中にいる子どもを可愛がるような手付きで、自分の腹を撫でている。
tarukichiの両手が丸いカーブを描く。
《自殺するほどじゃねえよ。確かに、キレイなもんじゃねえけどな。これからもっと運動したらいいじゃねえか》
ちょっとは慰めといてやる。夏になって水を貰えなくなったら困るからな。
――ぺち、ぺち、ぺち。
奴は腹を撫でるのを止めて、掌で軽く腹を叩き始めた。
――ぺ、ぺぺち。ぺち、ぺち。ぺ、ぺぺち。
リズムまで付け出した。
――ペッチペッチ、ペペチ! ペッチペッチ、ペペチ!
叩き方に熱が入ってきた。自然と音も大きくなる。
――ペッペチ、ペッペチ、ペッ! ペペチ!
まるで、「腹太鼓」というパーカッションの楽器があるかのようだ。
サボテンのおれに耳はないが、tarukichiの腹太鼓におれは聞き入る。
――ペッペチ、ペッペチ、ペッ! ペペチ! ペッペチ、ペッペチ、ペッ! ペペチ! ペッペチ、ペッペチ、ペッ! ペペチ!
音楽が盛り上がってくる。
――ペッペチ、ペッペチ、ペッ! ペペチ! ペッペチ、ペッペチ、ペッ! ペペチ! ペペペペ、ペペペペ、ペッ! ペペチ! ペボヨ~ン!
クライマックスの一音におれはおどろいたね。
確かに、音が響いたんだ。
表層を叩くだけじゃ決して出せない音だった。
丸々と肥え太ったtarukichiの腹の中で、音楽が鳴り響いたんだよ。