【日常】救急車のサイレンで風情を感じる独身男の夏2020。
今宵も救急車のサイレンが静かな住宅街に鳴り響く。
またどこかの年寄りが熱中症で倒れたのだろう。
テレビは口を酸っぱくして「危険な暑さ」を連呼している。
それでも鳴り止まないサイレンの音。
幹線道路の近くに暮らしている僕にとって、そこを頻繁に行き来する緊急車両の警報音が夏の風情を感じさせる音になって久しい。
真夏のこの時期、やたらにその音が鳴り響きまくりやがりやるのである。
まあ、基本的にこの街は静かだ。
セミたちも、この暑さにたった数日でやられて1匹残らず地面に落ちた。
仰向けに転がるセミが、買いもの帰りの主婦の自転車に轢かれてグチャグチャにつぶれた。
無音だった。
昼下がりの街は静寂の中に沈んでいた。
人々は冷房の効いた屋内から一歩も外に出たくはないようだ。彼らは明らかにコロナよりも暑さを恐れていた。
とは言え、生き抜かないといけないので、必需品を手に入れるための買いものくらいはする。
自宅とスーパーの間をわき目もふらずに突っ走る。自転車のペダルを思いきり漕いで爆走だ。前カゴの中のスーパーの袋にはアイスクリームだって入ってる。溶けないうちに帰らなくっちゃ。早く速く。途中でセミの死骸の1個や2個踏みつぶしたって知ったこっちゃないわ。だって私は急いでるのよ。
左右の確認を怠った主婦の自転車が、高齢者の運転する車と激しく衝突した。アイスは夏空に放り出された。
主婦のようにはなりたくないので、危険な外には出られない。だいたいこれ以上救急車を呼んだら地域医療の崩壊がトリアージでICUで財政均衡がなんとやらだ。
宅配だ。デリバリーだ。Amazonだ、楽天だ、コープだ、UberEatsだ、ドミノピザだ。
僕らの近代文明システムの素晴らしき哉!
ところがどっこい、ウーバーの配達員の乗るロードバイクには、法令に反してブレーキが取り付けられていなかった。夏の暑さで朦朧としていた配達員は、これまた高齢ドライバーの車と衝突。
僕の夕飯は丑三つ時を過ぎても届かなかった。
空腹のままベッドに潜り込んだが、なかなか眠れない。こぶしで腹を殴りつけ空腹を鎮め、やっとウトウトしてきたところに、ピーポーピーポー。
救急車のサイレンだ。
いったいこの街はどうなってんだってばよ!
『NARUTO』の単行本を1巻から読みなおしているうちに眠りに落ちた。
朝であった。正確には昼前であった。
爽快の180°回った感情で目覚めた僕は、とりま顔を洗おうと思った。
蛇口をひねって出てきた水に吃驚。
あいやーコレお湯やないかーい、と虚空に向かってツッコんだ。
水の蛇口を捻ったのに、出てきたのは湯であった。
おそらく水が水道管の中で温められていたのだと思われる。
仕方なくぬるま湯を使い汗でベタつく顔を洗ってサッパリ、しなかった。
今日も街は基本的には静かであった。ときおり救急車のサイレンが聞こえた。夏であった。灼熱の、日本の、真夏であった。
自転車に乗って食料を買いに行くことにした。外に置いていた自転車のサドルが熱くなっていた。お尻ステーキが焼けそうだった。
家に帰ってきてから、風鈴を買えばよかったな、と思った。
夏の風情を感じるのが救急車のサイレンだけだなんて寂しいじゃない。
でも、クソ暑い外にもう一度出るのが嫌だったので風鈴は諦めた。