ぶどうを食った。【旬の果物】
生物には寿命があるし、動物の消化器官には一定の容量がある。
つまり僕が一生のうちに口にできる食物には限りがあるわけで、「なにを食うか」は熟考に値する大問題だ。
現時点におけるひとつの回答が、「旬を味わう」である。
旬の果物として、「ぶどう」を食うことにした。
夏の終わりを感じる果物だ。
ある日、庶民スーパーで「巨峰」が格安で売られていた。すぐに買った。
その数日後、仕事関係の知人よりマスカットっぽい見た目のぶどうをもらった。「瀬戸ジャイアンツ」という品種らしい。たぶん高級な品種だ。
さらに、その数日後、知人への返礼品を買い求めるため訪ねた洋菓子店で、「シャインマスカットのケーキ」が売っていた。知人用の焼き菓子のついでに購入した。
「巨峰」を食べる。
巨峰は、種なしだったが、皮を剥く必要があった。
途中で面倒になり、房より取り外した部分(枝とくっついていた部分)から、強く、吸った。強力に、吸引した。
したらば、ズルポッ! と、果実が口の中に飛び込んできた。
果汁が口の中で溢れる。実にジューシーだった。
安い品種でもうめえもんはうめえのぅ、と思いながら、次々と吸っていった。
この方法ならば、果汁で手がベタベタになるのも一定程度防げる。
皆さんにも一度、ぶどうは「吸って」食って頂きたい。
中年男がそうしてぶどうに吸いついている絵面は、決して爽やかなものではないだろうが、「独身の」「孤独な」中年男ならば誰の目を憚る必要があろうか。
「瀬戸ジャイアンツ」を食べる。
箱に同封されていた紙にも、包装ビニールに貼られたシールにも、「皮ごと食べられます」との文言があった。
これほど勧奨されているのだから、無視するのは生産者に失礼というものだ。
ぶどうの皮を食べるという行為に若干の抵抗を覚えつつも、皮ごと食べてみた。
したらば、パリッ! サクッ! シャキッ! とした、今まで味わったことのない食感のぶどうであった。
皮を上下の前歯で食い破る際のパリッとした感覚が新鮮。
しかも、皮は非常に薄いためか、口の中に一切残らない。ぶどうを皮ごと食べた後、口の中に皮だけが残り、それを嚥下しなければならいという、あの煩わしさが一切ない。
果実でパンパンに膨らんだ皮を食い破る快感だけを味わえる。
果実自体も普通のぶどうに比べると硬い。巨峰がゼリーだとすると、瀬戸ジャイアンツは寒天か。
甘みも控えめでサッパリしていた。その分、風味や香りが際立つ。
糖度の高い果汁が溢れ出す巨峰とはまた違ったおいしさだった。
「シャインマスカットのケーキ」を食べる。
正しい商品名は不明。呪文のような長ったらしい外国語だったことは覚えている。
店員に「このケーキをひとつくださいな」とお願いしたところ、「こちらのシャインマスカットのケーキでよろしかったでしょうか」と言われたので、「シャインマスカット」を使用したケーキであることは間違いない。
ぶどう自体の味は、もちろんよく分からなかった。
上に載っていたものを果実だけで食べてみたところ、巨峰よりも瀬戸ジャイアンツに似た味ということは分かった。
つまり、甘さは控えめだ。
このケーキ屋の職人は、「甘さ控えめ」のシャインマスカットの特徴を活かそうと考えたのだろう。
生クリームだけ舐めてみたら、砂糖入ってないんじゃないのと思うくらいに甘さを感じなかった。
スポンジ生地は必ず砂糖を一定量使わないとうまく焼けないらしいので、糖度を調整できる部分は生クリームしかなかったのだろう。
また、クリームは脂肪分も少ない気がする。油脂で口の中がヌルヌルしない。脂っこくない。
つまり、ケーキ全体も、シャインマスカットに合わせて非常に淡白な味に仕上げられていた。
ここまで抑えないと、果実の風味が埋もれてしまうのだろう。
非常に上品な味だった。