【社労士試験】試験終了~自己採点まで【独学合格体験記11】

【16:50】 燃え尽きたぜ、真っ白だ……。
2023年8月27日16:50。
「時間です。鉛筆を置いて、解答用紙を裏返して下さい」
試験官の声が部屋に響いた。
一斉にシャーペンを机に置く音、紙を裏返す音が聞こえ、解放か脱力か諦念か、その意味するところは人によって違うのだろうが、老若男女さまざまな人の溜め息が聞こえた。
はぁ~~~。
僕も大きく深く息を吐いた。
第55回 社会保険労務士試験が、今、終了した。
プツン、とスイッチの切れる音が聞こえた。
明らかに、脳の一部が活動を停止した。
クールダウンだ。
冷却期間が必要だ。
脳が、体が、精神が、そう訴えていた。
試験官の声が響くまで相当の熱量をもって動いていた「僕」という存在は、水をぶっかけられた炭のごとく、ゆっくりと冷えていった。
やり切った。
燃え尽きたぜ、真っ白だ……。
【16:50~20:00】 宣告を待つ、囚われ人たち。
あれほど何度も目を通したテキストも、試験が終わればただのゴミ。問題用紙や筆記用具、ペットボトル、昼飯の抜け殻などと一緒に、リュックサックへ乱雑に放り込む。
長居は無用とばかりに席を立ち、会場を後にする。
他の受験生もみな同様で、余韻に浸ったり、誰かと雑感を述べ合うこともなく、ただ無言で、最寄り駅を目指す。集団となって一目散に帰路を急ぐ。
ライブコンサート終わりの集団のような賑やかさはそこにはない。しかし、それに負けるに劣らない集団的興奮が確かに感じられる。一度は白い灰になった僕ら受験生たちは、再び静かな高揚感に包まれている。
会場出口付近で、どこかの予備校スタッフが、午前中に行われた「選択式試験」の「解答速報」を配っていた。
それを素早く奪い取る人がいる。
そう、試験を終えた僕たちは、一刻も早く結果を知りたくてたまらなくなっている。
午後に行われた「択一式試験」の「解答速報」が各予備校によって発表される20:00まで、はちきれんばかりの期待と不安でハイになっている。
試験終了後の束の間の安堵もどこへやら、再び軽い興奮状態に陥っている。
しかし、その興奮は各人の内部に留まり、帰路に着く我々の集団は、客観的に見ればいたって静穏だ。
不気味な静けさを保ちつつ、最寄り駅を目指す。
とは言え、内的興奮をひた隠しにし続けるのは相当の困難を伴うようで、帰りの電車の中では異様な風景が散見された。
目を皿にしてスマートフォンの画面を見つめる人々。紙の解答速報など手に入れなくとも、それは各予備校のホームページにアップされているのだ。
多くの受験生は、帰りの電車の中で、初めて午前の選択式試験の答え合わせをすることになる。なぜなら、「昼休み中に午前の選択式試験の答え合わせをしてはならない」という教えは、受験生の間で「鉄のルール」として存在しているからだ。
僕は「鉄のルール」を破って、昼休み中に正誤が不安な箇所の確認を行っていた。その方が午後からの択一式試験に集中して臨めると考えたからだ。不安な箇所も正答していたことがテキストで確認でき、午前の選択式試験で落ちることはなさそうだという一応の確信を得て、精神的にある程度の落ち着きをもって午後の択一式試験に突入することができた。
「鉄のルール」を守った大多数の受験生たちは、他の乗客の視線も気にすることなく、選択式試験の答え合わせに熱中していた。
驚いたのは、電車をいくつか乗り換えても、まだ、その光景が見られたことだ。
試験直後の一種の虚脱状態から抜け出し、不安と焦燥に駆られるタイミングは、人によってバラつきがあるようだ。
試験会場から遠く離れたローカル線。
向かいに座ったのは、「お姉さん」と「オバさん」のはざまに位置する、30代と思われるメガネの女性。
おむろにカバンからなにかの書類を取り出す。それが選択式の問題用紙ということに気付いて、「あ。この人も受験生だ」と気付く。彼女は、数十分も電車に揺られながら、いまだに答え合わせをしていなかったらしい。
太ももの上にカバンを置いて机がわりにし、問題用紙を広げる。さらに、赤ペンまで取り出した。右手に赤ペン、左手にはスマホ。スマホの画面に表示されているのは、どこかの予備校の選択式試験の解答速報で間違いない。
彼女の視線が、問題用紙とスマホを行ったり来たりする。赤ペンでマルやバツを付ける音が、社内にはっきり響く。もどかしいのか乱雑にページをめくる。わりとうるさい。
真正面の席に座っていたので、何気なくガッツリ観察していたのだが、赤ペンの動きと音だけでは彼女の合否は判然としなかった。マルとバツが半々だったような。
彼女は、最後のページに辿りつくと再び最初のページに戻って、二度、三度と答え合わせを繰り返した。自分の答え合わせに自信が持てないというのは、どの受験生も同じのようだ。
ページをめくる手つきがどんどん荒くなっていった。破れても構わない、というような勢いだった。彼女がなんとか必死で探し出そうとしているのは、合格するためのマルなのか、落ちていないことを確信するためのバツなのか……。それは分からない。
僕が降りる駅のひとつ前の駅あたりで、彼女はやっと問題用紙と赤ペンとスマホをカバンにしまった。
そして、大きく溜め息をつき、両手で頭を抱え、5秒ほど静止した。
再び顔を上げた彼女は、いたって普通の乗客の顔を装っていた。
合格なのか不合格なのか、ガッツリ観察していたのに分からなかった。
それは、試験会場に近い電車内で見かけた他の受験生も同じで、必死で答え合わせをしているさまは容易に認められるのだが、その後の表情は、どの人もうまく無表情を装っており、小さくガッツポーズをしたり逆に憎々しげに舌打ちをしたりする人は皆無で、合否は読み取れなかった。
まあ、選択式試験だけで合否が決するわけではないので、当然なのだが。
午後の択一式試験は、その性質上、テキストで正誤を確かめるのは非常に手間がかかる。結局、問題を再びすべて解くのに等しい労力を使わざるを得ない。
つまりは、択一式の自己採点は、各予備校の解答速報を待つのがもっとも手っ取り早かった。
解答速報は、どの予備校もそろって20:00に発表されることになっていた。
宣告の刻は、20:00。
自宅についても、僕ら囚われ人は、なんら安堵できない。
迫りくる20:00まで気を紛らわすため、帰宅途中に買っておいたテイクアウトの中華料理を缶ビールで流し込みつつ、テレビのバラエティ番組を見た。
缶ビールを3本ほど飲んで、顔がほてってくる。冷房はガンガンにつけているというのに、体が熱い。
酔いだけでなく、脳ミソの使い過ぎで、ここにきて知恵熱が出たのかもしれない。
試験本番数日前から、緊張のためか睡眠不足に陥っていた。
トイレに立った際、洗面所の鏡を見たら、顔も目も真っ赤である。
刑が確定した死刑囚でも、刑が実際にいつ執行されるかは法務大臣の裁量に委ねられている。死刑を執行すること自体は確定しても、「いつ」執行するかは裁判官ではなく法務大臣が決める。
そして、死刑執行の宣告は、自殺防止等の理由から、その直前(1~2時間前)になって初めて行われる。
刑事訴訟法の専門家の中には、道義上の観点からこうした慣例を批判する人もいる。
ついに死刑が決行されることなく老死を迎えた死刑囚も過去には存在するわけで、そういった淡い期待を死刑囚に抱かせると同時に、その希望がいつ奪われるか分からないという最大限の恐怖を同時に与えることになるからだ。
明日、自分は生きているのか死んでいるのか分からない。その可能性は、常に半々。
決して低くない確率で、明日、自分は死んでいるかもしれない。そう考えながら、毎日を過ごす。
その状況の過酷さは想像しがたい。
受かっているのか、落ちているのか……。
受かっているのか、落ちているのか……。
受かっているのか、落ちているのか……。
酒やテレビで気を紛らせようとしても、頭の中はそればかり。
そして、運命の20:00を迎える。
【20:00】いよいよ、自己採点! 結果は?
20:00を迎えた。
どの資格予備校の解答速報を参照にするかは事前に決めていた。
「TAC」と「資格の大原」である。
今回の試験に向けては、通学や通信は用いず、独学を貫き通したが、使用教材(市販本やネットの無料動画等)は、この2校のものを主として使用したからだ。
使用教材の妥当性に疑問を持つことは、学習方針に迷いを生じさせる。予備校側も商売でやっているのだから、そのテキストを網羅しても合格できないような粗悪品を売るわけがない。学習を進めるにあたって無駄な迷いを生じさせないためにも、使用教材に絶対的信頼を置くというのは、戦略上必要だった。
結果として、出版元・発信元である「TAC」と「資格の大原」にも自然と信頼を置くようになっていたのである。
TACのホームページをリロードし、択一式試験の解答速報がアップされていることを確認し、素早くPDFファイルを開く。
電車の中の彼女と同じように、荒々しく問題用紙のページをめくり、試験中にメモっておいた自分の解答番号に赤ペンでマルやバツを付けていく。
心臓が高鳴っている。
吐きそうだ。
食いすぎか酔いなのか知恵熱か、それらも原因として考えられないことはないが、普通に考えて、極度の緊張のせいで、気分が悪い。
最初の科目である労基法が予想よりも低い点数で、いよいよゲボが喉元まで上がってくる。
逆に、ボロボロと思っていた労災法で案外いい点数を取っていることが分かる。唾を飲み込んだら、ゲボも一緒に胃袋に戻ってくれた。
雇用法も、予想外に悪くない数字。ホッと安心する。
一般常識や健保法は、こちらの予想の範囲内の点数。心臓の鼓動が、落ち着きを取り戻していく。
そして、厚年法と国年法に関しては、予想よりも遥かにいい点数だった(満点近く)。
イヨシッ!
自然と声が出た。
科目ごとの基準点(4点)を下回る科目はなし。
また、択一式における合格点は7科目合計で45点前後と言われているが、全7科目の平均が7点を超えている(つまり総得点が49点を超えている)ことは答え合わせの過程で明らかだった。
つまり、択一式試験もなんとか合格基準をクリアしていた。
こりゃあ、受かりましたな。
と、冷静に思った。
そして、寝床に大の字で転がった。
あ~、疲れたっ!
誰もいない部屋に僕の声が響いた。
数十分、気絶した。
ごく短時間の眠りであったものの、スッキリ目覚めた。
約2年に及ぶ努力が実を結びそうだという事実に、顔が自然と緩む。
精神も落ち着きを取り戻しつつある。
頭が少しズキズキ痛み、熱が出ている気もしたので、部屋にあった「冷えピタ」をおでこに貼る。気絶前はとにかく気分がソワソワして、冷えピタをおでこに貼るという行為でさえ億劫だったのだ。
そうして、もう一度、冷静に答え合わせをすることにした。
理由としては、(1)選択式試験の解答速報を用いた答え合わせをしていなかった (2)TACの解答速報に1か所空欄があった (3)TACの解答速報が誤っていないとは限らない という3つがある。
とは言え、いずれの理由も、さほど心配していなかった。
(1)に関しては、選択式試験において多くの科目で基準点(3点)以上を確保できているという絶対の自信があったし、不安だった科目(厚年法)に関しては、昼休み中にテキストを用いて基準点を確保できていることを確認していたからだ。
実際、解答速報を用いて答え合わせをしたところ、基準点割れの科目はなく、総得点も35点以上で合格点を超えていた。
(2)に関しても、仮にTACの解答速報の空欄個所の問題で誤っていたとしても、基準点を1点以上上回る科目だったし、択一式試験の総得点が50点以上だったので、1点加点されるか否かは合否に関係がなかった。
(3)に関しても、大手予備校の解答速報が高頻度で誤っているというのは考えにくかった。
ただ、TACの解答速報が間違いだらけだったら、僕の合否予想も間違うことになるので、万万が一の可能性を潰すために確認することにしたのだ。
TACの解答速報をプリントアウトした上で、資格の大原のホームページにアクセスし、大原の解答速報を表示させる。そして、TACと大原で解答速報の照らし合わせを行った。
そうしたところ、TACと大原で、3箇所ほど解答予想に齟齬があった。
予備校によって、解答予想が異なる問題が3つも存在する。
どういうこっちゃねん!!!
と、普通につっこんだ。
驚きであった。
仮に齟齬があった3つの問題すべてで誤答したと仮定しても、僕の合否予想には変化がなかった。そのため、特に固執して調べようとは思わなかった。
だがしかし、「大手予備校講師陣が資料を用いて問題を解いても、得られる解答が異なった」という事実に、単純に驚いた。
あらためて、社会保険労務士試験の「厄介さ」を感じた。
どんだけ難しい問題、混ぜ込んどんねん、ア〇か! 予備校講師が間違うような問題、解けるか〇ホ! と、つっこまずにはいられなかった。
と同時に、社労士試験では「捨て問か否か」を瞬時に判断する目を養っておくことが非常に重要なのだと再認識した。
自己採点の結果は、選択式・択一式ともに、基準点をクリアしていた。
TACと大原がそろって解答予想を間違えまくるという、非常に考えにくい状況を想定しない限り、合格していると思われた。
何度見返しても、「合格」という結果の予想は同じである。
しかし、僕は新たな不安に怯え始め、今現在も怯えている。
そう、「マークシートのマークミス」である。
自己採点は、結局のところ、手元の資料を参考にするしかない。
つまりは、「持ち帰った問題用紙にメモしている自分の解答」と「予備校の解答速報」である。
後者の信憑性は上述したように極めて高い。
問題は、前者だ。
「問題用紙にメモった解答」と「実際に解答用紙(マークシート)にマークした解答」が一致している、という保証がどこにもない。
解答用紙(マークシート)は提出したのだから手元にない。
合格を確証づける物的証拠がないのだ。
マークミスの確認は、もちろん行った。
一般的に、選択式試験では時間が余り、択一式試験では時間が足りないと言われているが、僕の場合は逆だった。
選択式(午前の試験)は、緊張がほぐれておらずすべての挙動がぎこちなく時間がかかったし、難問を後回しにして時間をたっぷりかけて解いたため、時間が足りなかった。
択一式(午後の試験)では、会場の雰囲気にも慣れいつもの自分のペースを取り戻し、かつ、難問・奇問は「捨て問」として華麗にスルーしたので、想像以上に時間が余った。
時間が余った択一式では、「捨て問を解いてみる」などという愚行は考えもせず、ひたすらにマークシートのチェックを含む「見直し作業」に没頭した。
時間がギリギリだった選択式では、最後の10分ほどで慌てて見直し作業を行った。マークシートのチェックも1回しか行えなかった。というか、まさにチェックの途中で「終了」の掛け声があがった記憶がある。
午後の択一式は、マークミスをしていない自信が相当ある。
問題は、午前の選択式だ。考えれば考えるほど、マークミスをしている気がしてくる。
厚年法が、自己採点で基準点(足切り点)ギリギリだった。いくつか難問があって、正式な解答を後回しにしたのだが、「最初にテキトーにマークした選択肢」から「時間をかけて導き出した正式な解答の選択肢」にマークを書き直したか自信がない。後でまとめてマークシートを書き直そうと考え、変更せず、そのまま――という最悪の事態がなかったとは言い切れない。
そう考えて、再び腹部に違和感を覚えた。
あー、気持ち悪い。
疑心暗鬼から生ずる精神的ストレスにより、吐きそうだ。
今現在も、こう考えるたびに気分が悪くなる。
一刻も早く10月4日が到来して欲しい。
長時間の試験を終えて、身体的にも精神的にも極度の疲労にみまわれているのは間違いなく、21:00前であってもすぐさま就寝するつもりだったのだが、ガンガンに目が冴えていた。
まったく眠気が訪れない。
軽い興奮状態がおさまっていない。
ランナーズハイならぬ「試験勉強ハイ」が、試験が終了してもずっと続いているようだ。
まったく眠れなかった。
Twitterで「社労士試験」に関するツイートを読み漁り、22:00からYoutubeで配信される各予備校の「総評」を見まくったりした。
基本的にどうでもよかったが、とは言え、それ以外のことはさらにどうでもよかった。
日付が変わって相当の時間が経ち、やっと眠りに落ちる。

