【小説】『ライオンのおやつ(小川糸著)』を読んだ感想――人生はおやつみたいにただおいしく味わうものよ。

 若年性の末期がんに冒された女性が、瀬戸内に浮かぶ小島のホスピスで、最期の日々を生きる物語。

 この作家は舞台設定が秀逸だ。
 「柑橘系の果実の栽培が盛んな〈レモン島〉」とあるだけで、陰鬱なテーマを吹き飛ばすような爽快さを感じる。
 「瀬戸内の太陽をいっぱいに浴びてオレンジ色に輝く〈ライオンの家〉という名のホスピス」での日々は、既に、そのロケーションが、穏やかな幸福を予感させる。

 新たな「場所」は、異なる環境へと主人公を放り込み、変容させるという機能も有している。

 幼くして両親を交通事故で失くした主人公〈海野雫〉は、養父の下で「いい子」であろうと精神を強張らせて生きてきた。しかし、養父には知らせずにホスピスに入院したことで、一旦、過去から自由になる。
 そして、ホスピスというなんの遠慮もなく他人に甘えることのできる場所で安らぎを得て、皮肉な話だが彼女はここで両親の死後初めて本当の自分に出会う。
 島の農家の青年〈タヒチ君〉との恋も、自分の欲求に素直になれた〈雫〉の描写のひとつだ。
 そういった経験を通じて、養父も自分と同じく「ただのひとりの人間」だったのだと気づき、最終的にはわだかまりを解消し、養父を〈ライオンの家〉へと迎える。

 おやつは、体には必要のないものかもしれませんが、おやつがあることで、人生が豊かになるのは事実です。おやつは、心の栄養、人生へのご褒美だと思っています。

 この小説のテーマは、つまりはポピュラーな人生哲学に帰結する。
 すなわち、外在的な目的や意味を求めるのではなく、ただ現在を善く(楽しく)生きろということだ。

 思いっきり息を吸い込んだら、体の内側にたくさんの梅の花が咲いたような気分になった。大好きな、柑橘の香りもする。今度は思いっきり、その息を外に吐き出す。
 今というこの瞬間に集中していれば、過去のことでくよくよ悩むことも、未来のことに心配を巡らせることもなくなる。私の人生には、「今」しか存在しなくなる。

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