【小説】『私にふさわしいホテル(柚木麻子著)』を読んだ感想――小説家の執念をコミック調に描いた作品。

 「著者自身をモデルにした作品だ」。「主人公のセリフはそのまま著者の心の声だ」。
 小説家を主人公に据えた以上、読者にそう捉えられる覚悟をもって、著者はこの作品を書いたに違いない。
 この1点からだけでも著者の気迫が伝わる。

 本作の主人公である女流作家も、著者に負けず劣らずの「執念の塊」だ。
 凄まじいまでのバイタリティ。創作であることは十分承知しつつも、主人公のゴキブリ並みの生命力、強かさに感銘すら受け、なんだかヤル気まで湧いてきた。

「そう、誰かに選んでもらうのが人生ではない。光を浴びたければ、自らがスポットライトの前に走っていけばいいのです」

 主人公の女流作家につく編集者の一人が主人公の小説を下記のように評しているが、著者・柚木麻子が目指す小説像もまったく同じなのだろう。

 なんだか無性に――、中島加代子のあざとくて雑なのに、不思議と勢いのある力強い小説が読みたくなった。みっともないまでにがむしゃらで計算高く、大嘘つき。だけど、彼女の負けないこと、変わらないことといったらどうだろう。娘達に教えるべきは、もしかするとあのエネルギーなのかもしれない。光来に加代子の本を送ろう。急にそう思った。光来に比べれば作家としてのレベルははるかに下だが、今の光来に必要なものが確かに彼女にはある。



 出版業界にゴミのように捨てられた売れない新人作家の主人公が、筆名を変えて再デビューし、一躍売れっ子作家となり、その地位と権力でもって復讐を果たしていく物語。

 復讐劇を完遂するにあたって、主人公は汚い謀略の限りを尽くす。
 それらの行為は著者の他作品と同じく劇画的、コメディタッチで「あり得ねー」「でき過ぎー」と感じる面も多いが、肝要なのはそこではない。

 というのも、そこに至るまでの主人公の心理描写や、主人公が復讐相手に浴びせかける暴言などは、著者自身の真情が存分に込められているように思えたからだ。

 著者自身はアンフェアな計略など用いずとも実力(筆力)だけで人気作家となったわけだが、そこに至るまでの動機付け、自身を駆り立てる原動力として、本書の主人公と同じような執念、「負けてたまるか」という思いがあったことは間違いないだろう。

 著者の描く物語はまったくもって荒唐無稽だが、その裏に隠された心理描写が真実だったからこそ面白かったのかもしれない。

 「嘘の心情を書かない」という著者の態度は、本作のストーリーにも活かされているように思えた。
 ラストで、主人公が自著を原作とした映画の主演女優をオーディションで選ぶ場面。

 肩ではあはあと息をし、渾身の力で樹李を見据える。その時、彼女の表情が変わった。
「その台詞に覚えはない?」
 先ほどまで何も映さない湖のようだった樹李の目に、母親のごとく優しい色が浮かんでいることに、かれんははっとなった。
「『柏の家』の美弥子の台詞。まさかあなたの口から自然に出てくるとはね、負けたわ。言葉に心が入っていたわ。作者としても感無量よ……。合格よ」

 もちろんこのラストの後には、優れたエンタメ小説には必須の「大どんでん返し」が待っているのだが、この場面の主人公の台詞は嘘ではないだろう。

 「台詞が口から自然と出てくる」「言葉に心が入っていた」などの台詞は、この小説の中で主人公が放つ台詞にも当てはめることができると思う。

「先輩がこうやって絡んでくるのは、心配してじゃない。私が編集者をもう必要としていないから、プライドを傷つけられたからでしょ。私をサポートしたいわけでもないくせに、こういう時だけにじり寄ってくるのやめてよ。対等になってもくれない、大企業の一部でしかない先輩に、何ができるっていうの? 私は今後も一人でやります。出版界全部を敵に回しても、悪人になっても、自力でトップに立つと心に決めたの。見下されたり軽く扱われたりするのは、もうたっくさん」
(中略)
「私の望みはね。私と同じところに、あんたが、編集者が、落ちてくることよ。一緒に藻掻いて悲しんで苦しんでくれること。私が立っているのは、あなたには想像もつかないくらい、暗くて孤独で苦しい場所よ。でも」
 それきり、加代子は都庁を見つめた。
「見てよ。何が見える。ここからの眺め、そんなに悪くないはずよ」
 彼女はかすかに口の端で微笑み、挑発するようにこちらを睨んだ。
「一緒に落ちる?」



 本作には、朝井リョウ(『桐島、部活やめるってよ』の著者)と同姓同名の作家が登場し、”彼”の心中をぶちまけたりしている。他にも、「芸能人作家」や「大御所作家」など現実の作家をモデルにしていると思われる登場人物が(さすがに別名だが)登場している。
 著者は、自身も小説家であるからこそ、(朝井リョウもそうだが)彼らを一面的には描いていない。フェアに取り扱っている。
 とは言え、物語の構成上、前半部分では「大御所作家」を悪く書く必要があった。「大御所作家」は下記のようなセリフさえ吐く悪漢として描かれる。

「おや、編集者の前で私に無礼を働いてもいいのかね。私の力があれば、君のようなふがいない新人はどこでも書かせてもらえんよ。なあ、そうだろう」

 著者の生き写しである主人公はこの「大御所作家」のことを「老害」だ「色ボケ」だと散々罵る。
 後半でこの「大御所作家」の別の一面も描かれるが、さすがにやり過ぎだったのかもしれない。
 著者・柚木麻子は直木賞に何度も候補に挙がりながら受賞には至っていない。
 出版界もまだまだそういう世界なのかしら? と勘ぐってみたりするのも一興。

 しかしながら、この作家、意外に面白いかもしれないので、僕は今後も読んでいきたいと思う。

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