【読書】『一の悲劇』法月綸太郎著

 どこかで良質の本格推理小説として紹介されていたので手に取った。著者の作品を読むのは、これが初。

 ミステリ作家らしい実に読みやすい端的な文体で、ブンガク的な過度の修辞に飽き飽きした時は、やはりミステリを読むに限る。ロジカルな展開が脳を活性化させてもくれる。

 僕はミステリを、問題集を解くように、謎の真相を予想しながら読み進める。そして僕の予想は大体において的中する。――ただし、物語の終盤までは。
 優れたミステリは、物語の幕切れ直前で「どころがどっこい!」をブッ込んでくる。
 「そっちがそう予想するとこっちは予想してました~ハイざんね~ん」と、したり顔の作者の笑い声が聞こえてくるようだ。
 このラストの「どんでん返し」がなければ、僕の中でのミステリ小説の条件は満たされない。素人の読者に結末を予想されてしまうミステリなど、ミステリではないのだ。

 今作でも、物語の序盤で、ある人物を犯人だと予想し、終盤では実際にその人物が罪を告白した。だが終章で、「ところがどっこい」が現れた。その人物の告白は、真犯人を陥れるための罠だったのである。
 僕は満足した。

 ただ、あえて不満を言えば、今作は真犯人がその人物でなければならない必然性が薄かったような気がする。
 もともと読者へのヒントが少なく、「あっくそッやられた!」感がない。あそこで気付こうと思えば気づけたのに、という「歯軋り感」が少ないのである。ふーん、そういう筋書きもありか、という程度で終わってしまったのが残念。

 トリック以外の点については、特に所感なし。


 以下、ネタバレありの備忘録。

以下ネタバレあり!注意!



>文体
一人称形式(語り手=男A)

>登場人物
探偵役(法月)
男A
女B(Aの妻)
男C(A夫妻の近隣住民)
女D(Cの妻)
子どもE(A夫妻の長男)
子どもF(C夫妻の長男)
男G(子どもEの血縁上の父)

>被害者
子どもF(血縁上の父はCではなくA)

>犯人
BとGの共犯。

>トリック1
故意の間違い殺人。
犯人の動機が表立っており、普通に殺してしまうと、真っ先に疑われてしまうため、殺人予告などで別人の殺害を仄めかした上で、当初の標的を殺す。警察などの第三者には、あくまで殺す人間を間違ったと暗に主張することにより、動機による犯人の特定を妨害する。
Eと間違ってFを誘拐したと見せかけて、実は最初からFを殺すことが目的だった。

>トリック2
被害者を助けに向かう人物の車のトランクに、既に殺しておいた被害者の死体を密かに積み、ミスリードさせたい“殺害現場”に到着したら、その人物が車を離れた隙に、死体を密かに“殺害現場”に放置する。死亡推定時刻から、犯人がその時刻に“殺害現場”にいることは不可能で、アリバイが偽装される。
刑事が何人もいる家の中で堂々と殺人を犯し、そこから偽装した“殺人現場”へ死体を運ぶというのは、意外性・インパクトがあって、トリックの質が高まった。



ここまでネタバレあり!注意!

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