【読書】『ゼロ――なにもない自分に小さなイチを足していく』(堀江貴文著)を読んだ感想。

結局、”ノリがいいやつ”が成功する。



 僕は勝ち組が嫌いだ。
 生理的な嫌悪感を抱いている。頭のてっぺんから足の爪先まで、彼らの価値観や思考回路ひっくるめて、徹頭徹尾すべてが嫌いだ。

 そのような理由から、勝ち組と思われる人が書いた自己啓発本の類は、これまで一度も手にしたことがなかった。
 本屋の店頭で見かけるだけで虫唾が走るのに、手で触れるわけがない。そんなことをしたら全身に蕁麻疹が出て死んでしまう。

 堀江貴文のこの本も、彼が経済犯罪で逮捕され、居所が高級マンションの一室から豚箱へと変わり、囚人という社会の底辺にまで零落し、これまで見下してきた一般ピープルたちから大いなる嗤い者として扱われる、といった事件がなければ、決して手に取ることはなかったろう。
 堀江氏が僕らの位置にまで落ちてきたと感じられたからこそ、僕はこの本を手に取ったのだ。

 頂点から底辺に突き落とされた一人の男が何を思ったのか。この点に強く興味を惹かれた。
 絶望してればいい、調子こいてた絶頂期の自分を反省してればいい、底辺の負け組たちにシンパシーを感じて、少しは負け犬的思考をするようになっていればいい、と思った。

 ところが――だ。

 堀江氏は、驚くほどポジティブだった。
 彼の価値観は、逮捕の前と後で、ほとんど変わっていないように思われた。
 豚箱の「ブタ」だったという過去にも早々と気持ちの整理をつけ、立場も容姿も「ブタ」でなくなった堀江氏は、遠い未来を見据えると同時に、単細胞生物のようにただ目の前の目標に向かって、がむしゃらに突き進んでいた。

 そのバイタリティ。それを生み出す「堀江的価値観」

 「啓発」――されてしまったかもしれない。

 悔しい。チキショー。
 この僕が、この僕が、勝ち組哲学に感化されてしまうなんて。そんな、そんな地球の周りを太陽が回るみたいな出来事が起こり得るだろうか?
 しかし起こり得たのだ。率直に認めなければならない。



 逮捕の前と後で堀江氏の価値観に唯一の転向があったとすれば、それは本書のタイトルにもなっている「ゼロ」という概念が導入された点だろう。

 逮捕前の堀江氏の哲学は「掛け算」だった。
 「倍々ゲーム」という言葉があるが、ちまちまと「足し算」をしていくのではなく、一気に「掛け算」をしてしまう。それが彼の哲学の核だった。過去の著作では、その実践的な方法論を書いてきたという。

 しかし、逮捕後の彼は、次の事実に気付く。
 「ゼロ」に何を掛けても「ゼロ」のままだ、ということに。
 そして、「ゼロ」に小さな「イチ」を足す行為こそが最も重要だったのだ、という認識に至る。
 これまでの「掛け算」哲学も決して否定はしない。が、その前提として、「ゼロからイチへ」という哲学が、暗黙の内に取り入れられていなければならない。

 「ゼロからイチへ」とは具体的にはどういうことか。
 それは「最初の一歩を踏み出す」という単純なことだ。

 それが成功への扉を開く唯一の鍵であり、最も難しいミッションなのだ、という。
 考えてみれば当然のことだ。いくら「掛け算」の方法を身に付けたからといって、最初の一歩を経験(「イチ」を獲得)していなければ、なんの意味もない。
 本書では、この「ゼロからイチへ」という哲学が詳述されると同時に、それを実践するための方法論が記述される。



 とは言え、この「ゼロからイチへ」という哲学は決して真新しいものではない。
 本書を意訳した上で一文に要約するならば、「うじうじ悩む前に行動しろ!」となるだろう。
 こうした「行動力」の重要性を説く啓発本は、過去にも『チーズはどこへ消えた?』などの類書があった。


 本書の利点は、「堀江氏が書いた」という点に尽きる(当たり前と言えば当たり前だが)。
 本書の文章や構成は、ゴーストライターが書いたのかと思われるほど、明晰で分かりやすい。
 まるで数学の基礎問題を中学生に解説するかのような語り口(タイトルからして数学的だ)。「こんな単純なことも分からないの? アホなの? 普通に考えたらこうでしょ?」というスタンス。
 啓発本はこうでなくてはならない。難解な思想史や文学のように読者を考えさせてはならない。一気に読者を納得させる力技が啓発本には求められる。

 そして、本書には堀江氏の自伝的要素が多分に含まれており、それが彼の哲学を実証するのに一役買っている。
 個々のエピソードも、堀江氏の思春期や恋愛や結婚といったプライベートが存分に語られ、読者を飽きさせないものとなっている。



 堀江氏の哲学は論理的であるが故に、簡単に図式化することができる。彼の思考はおおよそ以下のような回路を辿ると思われる。

「成功」=他者からの信頼を得ること(仕事の受注や出資金の獲得)。
 ↓その為には
「自信」=まずは、自分を信用することが必須。
 ↓その為には
「経験」=「自信」の多寡は、単純に「経験」の多寡によって決まる。
 ↓その為には
「ノリのよさ」=すべての土台となる「イチ」を獲得するきっかけ、最初の一歩を踏み出す勇気、行動力。

※「」で囲った太字は堀江氏が多用していた本書のキーワード。

 たったこれだけのことだ。原因(行動力)と結果(成功)の因果関係が極めてクリアだろう。



 「自信」の獲得は「経験」によってしか得られない、という点が僕にとっての最大の「啓発」ポイントだった。
 あくまでも物理的な・身体的な「経験」によってしか、「自信」は得られない。いくら哲学書を読んだって、いくらスピリチュアルな瞑想に耽ったって、「自信」を獲得することなどできないのだ。



 堀江氏は本書の中で「悩む」ことをしないと語っている。
 「悩む」という行為は物事を複雑化するだけの無為な作業であり、物事を単純化し解決策を導き出す「考える」という行為とは真逆の行為だ、という。
 実に合理主義者、アクチュアリストの勝ち組っぽい思考法で、僕の中には一切ない新鮮な考え方だった。

 蛇足だが、本書では「仕事」を楽しくする方法論についても語られていて、その秘訣は、その作業に「ハマる」こと、なにもかも忘れるくらいに没頭することだという。
 そして、「没頭するメカニズム」は、自分の手でルールを作り、能動的に取り組むことによって構築できるという。

 以上、本書は、負け犬にとっても決して有害ではない、珍しい啓発本だったと言えるだろう。

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