【独身男のクリスマス】チキンを焼く。勘でな。
2022年、暮れのおはなしです。
あるところに孤独な中年男がおりました。
年末年始のお休みで時間を持て余していた男は、西洋の宗教行事で食されるニワトリ料理を食べようと、ふと思い立ちました。
そのお祭りは「クリスマス」と言い、無神論者が多い日本でもなぜだか盛大に祝われておりました。男もまたクリスマスに格段の思い入れがあったわけではありません。
しかし、さまざまなお祭りのときに食べられる「料理」に関しては、異様な執着を見せておりました。
正月には「おせち」を、土用の丑の日には「うなぎ」を食べるのとおんなじように、クリスマスには「クリスマスチキン」をなんとしても食わねばならん、と男は固く信じていたのです。
こんな調子の男ですから、2022年だけでなく、その前の年も、その前の前の年も、生まれてからというもの、ずうっとクリスマスチキンを食べてきました。一度だって欠かしたことはありません。
男が、とつぜん、叫び声を上げました。
「いつもと違うクリスマスチキンが食べたいぞーい。
フライドチキンや照り焼きは飽きたんだぞーい。」
男は、この世界の全知全能の神であらせられるグーグル様に尋ねてみました。
「フライドチキンや照り焼きは飽きたばってん、いつもと違ったクリスマスチキンを食いたいんだども、どったらしたらええのかえ?」
グーグル様は次から次へと男に答えを授けます。
お答えの量があまりにも多いものですから、ニワトリより小さな男の脳みそはすぐに爆発してしまいました。
男がたったひとつ分かったことは、「ハーブ」という草を使えばいつもと違ったクリスマスチキンが作れるかもしれないということでした。
さっそく男はハーブを探しに、村の食料品店に出かけました。
そこで男が見たものは、棚を埋めつくさんばかりの多種多様な草でした。
男は、店のおじさんに尋ねます。「どれがハーブかえ?」
おじさんは答えます。「ぜんぶハーブやがな」
男はびっくりしてしまいました。
ハーブというものにこれほど多くの種類があることを知らなかったのです。
ひとつひとつの値段は高くないものの、すべてを買うには男のふところに入っているお金では足りませんでした。
「わすは、クリスマスチキンを焼きたいばってん、どのハーブがよかろうのう?」男は店のおじさんに尋ねます。
おじさんは答えます。「分かりゃあせんわいな。知らんわいな。おらはただのアルバイトじゃ。そったらこと答える義務はねえべや」
男は途方に暮れてしまいました。
しかし、捨てる神あれば拾う神あり。
そんな男の目に飛び込んできたものがございました。
『オールスパイス』
その小瓶のパッケージには、そう印刷されてあったのです。
男は小瓶を手に取り、中を確かめます。
他の小瓶の草とたいして変わらないようにも見えましたが、言われてみれば、ひとつの草だけでなくいろいろな草が混合されているようにも見えます。
「ははん、万能混合草じゃな」
男は納得しました。
「オールスパイス」と名乗っているのですから、どんな料理にも合うように、さまざまなハーブがブレンドされているに違いないと思ったのです。
賢明な読者のみなさんは、分かってますよね。オールスパイスは、さまざまなハーブがブレンドされた「万能混合草」ではありません。
かの偉大なウィキペディア博士、曰くーー。
オールスパイス (allspice, Pimenta dioica) は、フトモモ科の植物で、果実または葉が香辛料として用いられる。名前の由来は、シナモン・クローブ・ナツメグの3つの香りを併せ持つといわれることから(「スパイス各種を混ぜ合わせたもの」ではない)。
オールスパイス – Wikipedia
男は後年、この勘違いに気づくのですが、それはまた別のおはなし……。
なにはともかく、オールスパイスを買うことにした男でしたが、もう少し別の葉っぱも使ったほうがいいような気がして、名前は聞いたことのあるハーブ3つ(バジル・パセリ・オレガノ)も一緒に買うことにしました。
その3つと、「オールスパイス」の香りを構成するとされる「シナモン・クローブ・ナツメグ」の3つが1つもかぶっていなかったのは奇跡と言えるかもしれませんね。
ハーブを手に入れた男は、有頂天で家に帰ると、さっそくクリスマスチキンを作り始めました。
フライドチキンは食べたくないので、揚げません。焼きます。
照り焼きは食べたくないので、しょうゆは使いません。塩を使います。
とは言え、男のクリスマスチキンは、ただの「ニワトリの塩焼き」ではありません。
だって、ハーブを4つも使うのですから。
「ニワトリの香草焼き」です。
なんだか、とってもおしゃれで、特別な感じがしてきました。
だけれど、人間は欲深い生きもの。
「塩と草じゃパンチに欠けるのう。もっと、くっせえのが欲しいのう」と、男は言いました。
家の食料庫にショウガとニンニクがありました。
男はそれらを刻んで、一緒に使うことにしました。
ニワトリの両面に、ハーブ4種、刻んだショウガとニンニク、そして塩コショウを塗り込みます。
使う食材も、配分も、すべては男の「勘」です。
実際のところ、どんな味になるのか、男にも見当がつきませんでした。
ニワトリを鉄板に並べ、天火でじっくりと焼いていきます。
何分焼けばいいのかも分かりません。
これも「勘」で、半時間焼くことにしました。
静かに時間が過ぎていきます。
男の胸のうちに、期待と不安がこみ上げてきます。
オーブンが焼き上がりの合図を鳴らしました。
扉を開けます。
その香りは、男の不安を消し飛ばしたばかりか、期待以上のものでした。
圧倒的な、いい匂い。
男の「勘」が言っています。
こりゃあ、うめえべや。匂いで分かるっぺ。
口の中に、唾がどんどんわいてきます。
フォークやナイフなど用意するひまはありませんでした。
男は、もう我慢できずに、ニワトリにかぶりつきました。
あ・ふ・れ・る 肉・汁 !
ほ・ど・よ・い 塩・味 !
(そして、なんか複雑すぎてよう分からんけども、)
圧・倒・的・な 香・り !
「うんみゃあ~~~!!!」
男は叫び、そして、昇天しました。
めでたしめでたし。
※この記事は「チキン編」です。「ケーキ編」はこちら↓