「豚の角煮」と「ビビンバ」的ななにか。【男の料理】
すべての始まりはコチュジャンだった。
遠いむかし、ぼくは韓国の地に思いをはせて、「ヤンニョムチキン」なる当地の鶏料理をつくったことがあった。↓
【男の料理】韓国ヤンニョムチキン。っぽい何か。【マッコリ無限ループ】 – 孤独ぼっち男の貧乏人生それでも最期まで愉しむブログ。 (kodokulife.com)
そのとき購入に迫られた食材が、コチュジャンであった。
コチュジャンは、ぼくの食生活に清新な刺激をもたらした。
素朴でやさしい和食に倦んでいたぼくは、すぐさま、そのスパイシーな味の虜となった。
さまざまな料理にそれを用いた。
一時期のぼくは、まさしくコチュジャン中毒者であった。
が、飽きるのも早かった。
というか、それは僕にとってあまりに刺激的すぎた。
辛かった(からかった)。
毎日食すのは、辛かった(つらかった)。
コチュジャンは常食するには明らかに不適な調味料で、業務スーパーで買ってきた大容量パックは、2週間も経たないうちに冷蔵庫の奥深くへと追いやられた。
時が流れた。
冷蔵室の整理をしていたぼくは、それを発見した。
コチュジャンだった。中身は半分以上残っていた。
ぼくは、旧友に再会したかのような親しみを覚えた。
久しぶりに使ってみることにした。
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「サムギョプサル」とかゆー韓国料理がうまそうやなぁ、と漠然と思っていたので、スーパーに「豚の三枚肉」なる食材を買いに出かけた。
血眼になって探したが、結局、見つからなかった。
つうか「豚の三枚肉」ってなんやねん、30年以上生きてきてそんな食材聞いたこともないわ。
妥協して、「豚バラのブロック肉」を購入した。家に帰って、自分で”イイ感じ”の厚さにスライスしようと思ったのだ。
が、帰宅してキッチンに立って、豚バラのブロック肉を見ていたら、気が変わった。
豚バラは、こう言っていた。
わたしはイヤよ。
韓国料理が流行っているからって、どうしてわたしが「豚の三枚肉」の代役を務めなきゃいけないの。
わたしは「豚バラのブロック肉」よ。
あなたもわざわざ「ブロック肉」を買ったんだから、それを活かしてわたしを調理してごらんなさいな。
ったく、プライドの高い豚バラだぜ。
しかし考えてみるに、彼女の主張ももっともだ。
……いや、考えなくとも、なんかー、普通にぃー、「豚の角煮」にしたほうが旨そうじゃねー? と、思った。
即決だった。
脳内会議は満場一致で、「サムギョプサル」を否決し、「豚の角煮」を採用した。
豚バラのブロック肉は、満足そうに微笑んだ。
そのようなわけで、とりあえず「豚の角煮」を作ることにした。
圧力鍋はしばしば爆発して大惨事になると聞いたことがあり、そんな危険物は我が家にはなかった。
ということは、たっぷりと時間をかけて茹で、豚肉を柔らかくするしかない。
まずは、ショウガとネギと一緒に茹でた。肉の臭みをとるためだ。
もちろん、本当に肉の臭みがとれるのか、そもそも肉に臭みなどあるのか、そこらへんのところは定かではない。
なんか、それっぽいのでとりあえずそうした。
鍋の水を入れ替え、調味料(醤油、みりん、砂糖)を加えて、二度目の茹でを開始した。
数分が経過した。
沸騰はしているが、水の量はほとんど減っていない。
数十分が経過した。
水の量は半分も減っていない。
スープの中に豚肉が浮いているような状態だ。
僕の知っている「豚の角煮」の外観からして、「豚肉に照りがつく程度まで煮つめる」というのが正当なやり方だと思われる。
しかし、待っていられなかった。
こちとら現代人なんだ、忙しいんだ。もうええわ、ちょっとくらい硬くたって別にええわ。
イヤよ。
あなたはホントにマヌケな男ね。
わたしを本当においしく味わいたいなら、少しは我慢しなさいよ。焦るものじゃないわ。
と、豚バラは主張したが、「うっせえ豚、僕は今すぐおまえを食いたいんだ」と僕は彼女の主張を笑殺した。
フライパンに調味料(醤油、みりん、砂糖)を入れて加熱し、タレを作った。鍋から取り出した豚肉をそのタレに放り込み、からめた。
こうして、僕流「豚の角煮」は完成した。
食べてみた。
脂の部分は、悪い意味でプリッとした食感だった。噛んだ瞬間に、悪い意味で油が溢れだした。余分な脂がまだまだ残っている。油っぽかった。
赤身の部分は、硬くはないが柔らかくもなかった。咬筋に力を込めずとも繊維状になった肉がほろりとほどけていくという、僕の理想からはほど遠かった。
悪かったな、豚バラ……。もう少し待ってりゃあ、おまえをもっとうまく食ってやれたろうに。
けどな、俺は後悔しちゃねえぜ? なぜって、この状態でもマズくはねえんだから。
理想とは乖離していたが、うまいもんはうまかった。
空の上で豚バラも微笑んでいた。
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んで。
当初の目的は、「コチュジャンを消費すること」だった。
サムギョプサルを作ることをやめたので、別の料理にそれを使用する必要があった。
とはいえコチュジャンなど韓国料理以外に使い途がなく、結局、「ビビンバ」的ななにかを作ることにした。
豚肉を茹でている間に、ほうれんそう、もやし、にんじんを電子レンジで加熱し、白ゴマ、胡麻油、薄口醬油をからめて、「ナムル」的ななにかを作っておいた。
アツアツの白米の上に、「豚の角煮」的ななにか、「ナムル」的ななにか、生卵、フライドオニオン、そしてコチュジャンをのせた。
僕流「ビビンバ」の完成だ。
スプーンでぐちゃぐちゃに混ぜた。
一口パクリ。
うまい。
明らかにビビンバの味ではなかったが、基本的にうまいもんしか入れてない丼なので、うまくならないはずがなかった。
うんま。辛いけど、うんま。
辛い(からい)けど、辛く(つらく)はない。
あなたが幸せ(しあわせ)なら、わたしもうれしいわ――。
豚バラの声が聞こえた。
●
満足して、後かたづけを始めた。
コチュジャンのパックがあった。
まったく減っていなかった。
業務スーパーの商品は大容量である。
スプーン1杯程度の消費では、その容量を減らすには影響がないも等しかった。
コチュジャンはまだまだ残っている。
僕の辛い日々はしばらく続くだろう。
(「辛い」が、「からい」だけでなく「つらい」ものにならないことを望む。)