【美術館】男一人で「ムーミン展(大阪会場)」に行ってきた。
たまには現実から逃げださないといけないのさ、と僕の中のスナフキンが言った。
とくに今の日本はなにかと生きにくいものね、と僕の中のムーミンが答えた。
ので、僕は、真夏の炎天下に新型コロナでわちゃわちゃしている世間から離脱し、静かな北欧のムーミン谷へ行くことにした。
誰がなんと言おうと行くんだ。分かってるよ、マスクはちゃんと付けてね!

原作者トーベ・ヤンソンの手による挿絵の原画が、今回の美術展の目玉だ。
その特徴は、線描と点描の効果的な使用にある。
すべての表現はたった1本のペンでなされる。
使える色は、ペンの「黒」と紙の「白」のみ。カラーはもちろん、黒と白の中間色(灰色)さえない。
では、ヤンソンは明暗(グラデーション)をどのように表現したか。
それは、極めて緻密な線描と点描の積み重ねによってである。
光あるところには空白がひろがり、影が濃くなるにつれて黒い線や点が周密していく。
その表現は、墨絵のように濃淡をつけられる手法に比べて、よりクリアだ。ハッキリしている。
表現の意図をより明確に感じとれる。作者が、何に光をあて、何を影に潜ませようとしているのか。
曖昧な中間色がないおかげで、それは一目瞭然なのだった。
ムーミン・シリーズでは北欧の四季の描写が頻出するが、それら自然光の表現さえも線描や点描で貫徹したヤンソンの手腕にはうっとりしてしまう。
もちろん、キャラクターの描写に見られるように、デフォルメされた単純な線描も「かわいい」。
ただし、作者は、絵柄が過度に「かわいく」なることを避けていると思われる。だからこそ、淡い墨絵や、明暗の表現を排した単純なキャラクター表現を採用しなかったのだろう。

ムーミンと物忘れの激しいリスのミニプレート(左)。
スナフキンのガラスコップ(右)。
本展では、原作小説の他に、新聞や広告、グッズ商品などで商用利用されたムーミンの原画も鑑賞できる。
それらは鮮やかなカラーであったり、日用品の柄になる際にはレトリックやデザインの技術も取り入れられたりしている。
また、ヤンソンは後年、読者層をさらに幼児向けに絞ったフルカラーの絵本も発表している。
いずれも、原作の挿絵とはまた別物。ヤンソンの美的センスは想像以上に幅広かった。

「おい、なんでスナフキンが緑じゃなくて青いんだ」と、ツッコミたくならざるを得ない。
彩色はヤンソンの手によるものではないのだろう。
太陽の描写も、原作の白黒だけでも十分に太陽の明るさが表現されている。

人によってはカラーなのかもしれないし、そればかりか動きや声も付加されたアニメのムーミンなのかもしれない。
ムーミンの世界は広く深い。
